日別アーカイブ: 2011年1月30日

戦後の日本人のエートス(4)

第二次大戦の終了後、そこで、国民は一億総懺悔して敗戦を終戦に言い換えてやり過ごしました。国民全体としては、例の被統治能力を利して、天皇の代わりに占領軍を仰ぎ見、荒廃した日本の経済復興に励みました。日本人に人気がある中国の … 続きを読む

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幕末からの日本人のエートス

明治維新後、天皇の直接下にある中央政府、官僚組織が土地と人民を支配し、立法、行政、司法権を行使することになった。そして、伊藤博文を中心とする欧米を調査し、英国や米国は選挙で選ばれた代表に意思決定を任せる民主主義は国情に合 … 続きを読む

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幕末の日本人のエートス(2)

徳川幕府は始め、下剋上など行儀の悪い武士を教育し、体制を強化するために、中国から儒教の集大成である朱子学を導入しました。それまでの武士の下剋上の気風を改めて、目上に盲目的に従う行儀のよい武士になるように、武士道を鼓舞し始 … 続きを読む

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船中八策と日本人の幕末のエートス

坂本竜馬の「船中八策」は彼と同じ勝海舟門下の兵学者、赤松小三郎の「御改正口上書」を見て作ったもので、赤松が提案していた2院政には触れず時代に妥協したものだろうとのことですが、私もそうだろうと思います。赤松が提案した2院制 … 続きを読む

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