進化について

進化は果して弱肉強食の世界で自然淘汰で、適応能力のあるものが優秀で生き残るのか。それとも、違った面があるのか、それを考えてみたい。

一月ほど前に、NHKは番組で恐竜が何故、滅亡したか、そして、何故、我々人類の祖先である哺乳動物が栄えたかを放映した。恐竜達は肺に気嚢を持ち、効率のよい向流型の炭酸ガスと酸素の交換するよう進化していため、高い運動性、多分、持続性が可能で他の動物を圧倒し栄えていた。ジェラシックパークなど映画の中の恐竜は強大な顎を持ち、大きく狡猾であるが、日光浴で体を温めた上でやっと活動する現代の多くの爬虫類のイメージがあるためか、素早く動く人間がそのため間一髪で逃れられると言う設定になっている。しかし、実際は狙った獲物を何時間も執拗に追い詰めることが出来るとんでもない怪物であった訳である。

そのため、巨大な鰐の口を持つ2脚の爬虫類は陸上から駆逐され、水辺でのみ生息できる鰐に進化することで生きながらえた。哺乳類は鼠のように小型化し夜間に活動するようになり、恐竜の捕食から逃れた。多分、現在の鼠と同様に多産することで、食われても食われても子孫を残すことで恐竜に対抗していたのだろう。しかし、6500万年前に、ユタカン半島に巨大な隕石が落ち、その結果生じた高熱や300mに達する津波、更に粉塵が空を覆ったことで気候の寒冷化によって、環境に適応し巨大化していた恐竜は絶滅したと言われる。鳥の祖先になった羽毛恐竜や、鰐、哺乳類は巨大恐竜から解放された地球で再び生存競争を行ったが、既に水に適応し進化していた鰐類は、分化した身体から再び陸上での生活できる肉体へ進化することは出来なかった。羽毛恐竜は鳥に空中と言う競争者の居ない環境に適応するよう進化した鳥類を除いて、強力な嘴、2本の脚が邪魔になり、地上の覇者に進化することは出来なかった。環境に特化せず旺盛な生殖力だけで生き残っていた哺乳類だけが、平原や樹上、水中など様々な環境に適応できるように進化することが出来た。

つまり、適応して進化しそのため形態や機能が特化し分化した生物は、その分化した形態、器官から変化した環境に適応するために進化せざるを得ず、逆に進化することが困難になると言うことです。と言うような訳で、優れたものが他の劣ったものを淘汰して残るとは考えにくいのです。歴史は二度と繰り返さないとか、一期一会とかで、偶々、残ったと考える方がよいのでは。

しかし、だからと言って我々が生き残るために努力するのを否定することは出来ない。生命の原理は不当な利益を享受するモラル・ハザードを否定します。

人間はサバンナで樹から降りてきたときに、知能が高いことや直立することで手を使い、道具を使うことを覚えたことが生物の覇者にした理由だと考えていました。が、そればかりでなく、コミュニケーション能力、つまり、音声や手ぶり、言葉や文字を使うことで集団としての能力をより高めたと考えています。そして他の動物と同様に利己心と共に、自己犠牲など利他的な傾向を持つことによりその集団の力を高めたのでしょう。

最近、生物の多様性と関連して、生物の共生関係を利用したエンドファイトが注目されています。今までは牧草や稲に寄生し有害と考えられていた微生物が逆に、他の害虫や病原菌を殺し有益で、又、窒素固定など肥料の代わりをするものが発見され、化学農薬や肥料の代わりに利用が図られています。人間も多分、本質的には互いに共生関係にあるのではないですか。

芝尾

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