都市化について
円高や景気に関して昨近は企業人の短絡的なと見られる発言が目に付くようですね。しかし、本当に短絡的なのか、それとも報道のせいなのかよく分かりませんが。
以前、総合知学会でもコンパクト・シティなど色々、ディスカッションしたのを思い出します。神出さんが提案されたエネルギーや食糧の生産・消費を地域に統合して地産地消、自給自足を図る案もありました。田代さんが話されたコンパクト・シティで商店や住居を生活環境を歩いて行ける所に纏めるのもあったと思います。実際は、コンパクト・シティを作る計画が、大資本のショッピング・モールが進出し周辺の客が車で集まることになったとのことで大笑いでした。
最近は、医学部の学生の研修先を自分で選択するように制度を変えると、都会に集中し、地方の病院には行かなくなったので、地方の医師不足を招いてしまったことが報じられます。それだけでなく、医療責任を問う風潮が高まると人命に関わり負担の大きい内科や小児科を避けて、学生は楽な歯科や美容整形を選ぶようになった。
日本の人口の老齢化が進行するにつれ、老人が病院通いや食品の調達もままならない団地や田舎が増えています。それで、多分、都市化を提案されたのは、広く地域に分散した住居をコンパクトに集め、それは利便性を高め自動車など交通機関によるエネルギー消費や環境負荷を減らすこといもなる、余力のある裡に早くやろうと言うのでしょう。
しかし、日本の四季の変化や景色は山が多いために平地が少なく生活しにくいかもしれないが美しいものです。小生は博多に産まれたので、故郷に残った友人達には白砂青松の中に豊かな自然の中で生活し、それをこちらも楽しまずして、と思わないでもない。因みに、我が家は、女房は都会派、小生は自然派です。女房に合せた方が家庭は上手くいくのは真実です。
しかし、都市派か地方(自然?野生?も含む)派かはどちらの主張(命題)も理由(根拠)があるので一つに統一することは出来ない(アンチノミー)と思います。個人の好みに合わせて、しかも環境や生物多様性、エネルギーや食糧、その他の様々な制約の中で豊かさを享受できる生活が出来ればよいと考えます。(普遍性)
最終的には個人や企業だけでは実施できないので、政治やその政策設計が必要ななるのでしょうが、先ず、関連する要素が余りに多く実効のある計画を作るのは中々、困難です。又、今までの価値観では解が見つからないだろう。はっきり言って、歴史的に提言された経済政策は、偶々、植民地があって余剰所得があった、先住民を追い出して土地を無料で入手した、途上国で通貨が安く低賃金であった、等の理由で成功していた感がする。
多分、上草先生のおっしゃる日常性=生命の存続する場を大切にする、を先ず、実現することから始めないと。
芝尾
都市化について への1件のフィードバック